受動態って「れる・られる」がわかればOK?

受動態って「れる・られる」がわかればOK?

目次

一般的な「助動詞」の理解

受動態というと一般的には

「be動詞 + 過去分詞」という形で「〜られる・〜される」という日本語訳になり、使い方は
「〜が・・・によって壊された」など「被害を被るとき」
「〜寺は・・・年につくられた」など「客観的・一般的に述べるとき」

の大きく2つがあります。

ただ、実際のビジネスやアカデミックな分野での会話には

「被害」よりも「客観的・一般的」に何かを述べるときの方が多い

と個人的には感じるので、レッスンではよくこの「客観的・一般的」の方を強調してお伝えしています。

さて、この「客観的・一般的」をもう少し考えてみると、つまり、

「誰がどうした」という具体的に誰かを特定するようなことが焦点なのではなく
「客観的・一般的に〜なんですよ」という「事実を淡々と述べる場合」
「中立的に何か事実を伝える場合」

によく使われます。そして実は

「受動態」は「英語」よりも「日本語」の方が使われることが多い

というのがもう一つの特徴でもあります。

「受動態」が多い日本語

なぜ日本語の方が使われることが多いかというと、例えば、

A: 昨日、何してた? B: ん〜、買い物行ったかな・・・

のように、日本語は「主語」を省いて話すことが非常に多いです。試しに敢えて主語を入れてみると、

A: 昨日、あなた何してた? B: ん〜、私は買い物行ったかな・・・

のように、ちょっと「追求」のような強すぎる印象になったり、「他の人は行かなかったけど私は行った」のような「特別感」が出てしまいます。

つまり日本語では明らかに「あなたと私」が主語なのがわかりきっている場面でわざわざ主語を出すと

強すぎる・具体的すぎる印象

になってしまうのです。だから主語を省くことで

攻撃的な印象になることなくソフトな印象で伝えることができる

というわけです。

そして、それこそが先程の「受動態の客観的・一般的な印象」とマッチするのです。

誰が!何した!と主語を全面に出しすぎるのではなく
「事実を淡々と述べる・中立的に何かを伝える」

このように、「ソフトな印象」で物事を伝えられるので日本語では「受動態」が非常に多く使われるのです。

英語で「受動態」が多くなると生じる問題

ここで、ある問題が生じます。それは、

日本人が英語を話したり書いたりするとやたら「受動態」が多くなる問題

です。個人的にもよくありました。

英語で論文を提出すると、ネイティブの先生からの添削コメントで
「また受動態!受動態が多い!英語ではこんなに受動態は使わない!」と。

つまり、日本人の私たちは「文法がわかる・訳せるだけでは不十分」なときが多々あるわけです。
そして、その最たるものの一つがこの「受動態」というわけなのです。

大切なことは、この「受動態」に限定してお話をすると、

英語ではいつ受動態を使うのか

がわからなければ「受動態」が使えることにはならない。
ということは、「能動態」も「英語全体」もうまく使えなくなってしまうわけです。

「英語全体」の問題ともなるとあまりに広範囲すぎて途方に暮れてしまいます。

しかしご安心ください。

「いつ受動態・能動態を使えばいいか」を判断する方法

日本語・英語、それぞれの言葉の中にある歴史や文化

などの背景が少しでもわかるだけで「いつ受動態・能動態を使えばいいのか」が感覚的に判断できるようになり、
英語全体についても感覚がつかめるようになります。

日本は山々に囲まれた小さな村が多く、農耕をしてその小さな村を出ることなく一生過ごしていく。そんな小さなコミュニティーでは「自分が自分が」と自己を強く主張するよりも周囲とうまくやっていく「調和」が求められる。

一方、西洋は、もちろん西洋といっても地域によってさまざまですが、日本と比べると「狩猟・遊牧」の歴史・文化が色濃く、自分の縄張り・家族・自分自身をしっかり守る。

これが言語に表れているとしたらどうでしょう。

日本語は「自分があなたは」と言葉で明確に立場を表現するのではなく、主語は省きソフトに調和をしていく傾向が強い。

一方、英語や西洋言語は基本的に「主語・動詞」をしっかり表現し明確に述べる傾向が強い。

だとすると、

「ソフトな表現・調和」がベースにある日本語では「客観的・一般的・中立的」な印象が出る「受動態」が多くなる。

一方、しっかりとはっきりと立場を表現する西洋言語は「能動態」が多くなる。

これらは感覚的に理解できるのではないかと思います。

では、英語では受動態は使わないのか?

もちろんそんなことはありません。

明らかに「被害・客観/一般/中立」の内容を述べる時

には受動態が使えます。
以上を踏まえると

 「今は客観/ 一般/ 中立の時だな!」という時には「受動態」にし、
それ以外は「受動態が多い日本人」にとっては「能動態」を強めに意識する。
それぐらいがちょうどいいかと思います。

いずれにしても実際の会話では、「受動態」をはじめ「文法」は「形・訳」を知っているだけでは不十分というのはおわかりいただけたかと思います。

是非、言葉の奥に脈々と眠る歴史や文化を垣間見つつ、受動態やその他の文法・表現も使えるようになっていくと
「さらに自然な英語」になっていくと思います。

まとめ

● 受動態は「被害」のほかに「客観/ 一般/ 中立」のニュアンスで使うことが多い
● 日本語を単純に英訳すると「受動態が多い不自然な英語」になる恐れがある
● 「いつ受動態を使うか」などを「文法」だけでなく「歴史・文化」の側面も踏まえて考えると判断しやすくなる

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